こんにちは、でんがく博士です。今回はマルチパスの位置速度への影響、対策方法について説明します。
【この記事で分かること】
- マルチパスとは?
- 静的環境でのマルチパスの影響
- 動的環境でのマルチパスの影響
【マルチパスとは?】
マルチパスとは、送信側から送出された電波が、地形や建物などで反射・回折することで、複数の伝搬経路を通った信号が受信側で観測される現象です。
マルチパス波を含む信号が受信側に到来すると、干渉や位相攪乱が発生するため、最悪の場合受信できなくなります。
また、GNSS測位におけるマルチパスは、受信機側で観測している値(シュードレンジ、ドップラーシフト)に誤差が入ることから、結果として位置・速度・時刻に影響が出てしまう極めて深刻な問題なのです。
【静的環境でのマルチパスの影響】
マルチパスの影響を理解するために、距離dだけ離れた場所にビルがあり、GNSS衛星は水平面から角度θの位置にある場合を考えます。また、ビルの壁で1回反射して、受信機にマルチパス波が到来している環境とします。
受信側が大きく動かずに反射点と受信機の関係が変わらない環境(静的な環境)では、下の絵を見ていただいても分かるように、受信側はビルの反射面を鏡面として同じdだけ離れた場所で受信しているように観測します。
この、マルチパスと直接波の経路差は、幾何学的な計算から簡単に求められ、大きさは2*d*cosθとなります。具体的なイメージとしては、ビルとの距離d=100 m, 衛星の仰角が10degだと、およそ 197 mの誤差となります。
次に、受信機の相関器への影響について考えます。アーリーレイトコリレータの場合、アーリーとレイトが同じレベルとなる点の中央を追尾点とします。(コリレータの説明は別の記事で書きたいと思います。)
マルチパスの相関出力への影響について図で示します。直接波と同相でマルチパス波を受信している場合は、その合成電力で相関をとることになります。図で見て分かる通り、直接波だけの場合は綺麗な相関波形になるのに対し、マルチパスが合成された出力では、相関出力が崩れるため、追尾点がずれることことが分かります。これこそが、マルチパスの影響です。
この誤差を観測値として用いることで、測位結果に誤差が生じることになります。
ただし、上の波形を見ても分かるように、相関を1チップでとる場合は、それより長い経路差のマルチパスは影響が出ません。1.5chip(450 m)離れると、相関に影響が出ないため測位結果には影響が出ないことが一般的に知られています。
【動的環境でのマルチパスの影響】
次に、受信機が動く場合(動的環境)のマルチパスの影響について説明します。他サイトを見てもあまり情報が載っていないので、あまり知られていない(気にされていない?)のかもしれません。
具体的にビルから遠ざかる向きに速度vで受信機が動く場合を考えます。下の図で示すように、このケースだと直接波に対しては近づく方向に移動しているのに対し、マルチパス波に対しては遠ざかる方向に動いています。直接波に対する相対速度は+vcosθで、マルチパス波に対する相対速度は-vcosθになり、逆方向のドップラー成分が発生しています。(救急車の音が変わるのと同じ。)
ドップラー成分が異なる二つの信号を受信している場合、これも静的環境のマルチパスと同じように、綺麗にその周波数に追尾せずに、マルチパスの影響を受けたドップラー周波数に追尾していきます。一番悪いケース(マルチパス波の方に追尾してしまっている場合)だと、本来と近づくべきところを遠ざかっているので、その差は2vcosθになります。
【対策】
GNSSのマルチパスの影響は深刻であるため、これまで数多くの研究開発がなされてきました。その一例を取り上げます。これらの対策のおかげで、構造物がある環境でも測位情報を使えています。
・軸比の良いアンテナを使用し、反射波を拾いにくくする。
・観測値の誤差が大きい衛星は航法計算に使用しない。
・航法計算時に仰角に応じて重みづけをする。(水平面に近い衛星は遅延量が大きいため)
・補強情報を使用する。
【まとめ】
- マルチパスとは、送信側から送出された電波が、地形や建物などで反射・回折することで、複数の伝搬経路を通った信号が受信側で観測される現象。
- マルチパスがあると、シュードレンジやドップラー周波数に影響が出るため、その影響で測位結果に誤差が生じる。
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